第三日目 ('94. 4. 3)
野 州 から 能登川 (滋賀県)へ

JR大阪駅発7時52分の快速電車に乗り、9時7分JR野州駅に到着 ―――
今日の旅は野州から始まります・・・・


旅も3日目となると少し余裕が出てきた。写真でも撮りながらのんびり行こう・・・(近江八幡市付近にて)

バカチョンカメラで撮りました。
ちょっとピンボケですが、まるでアルプスを見るような素晴らしい景色でしょう!!
米どころの近江平野の向こうは琵琶湖があり、そしてその向こうに残雪を戴いた
蓬莱、比良の山々が連なってます。
今日も快晴、絶好のウオ―キング日和だ!! さぁ、元気にレッツ・ゴー・・・


9時15分:野州駅を出発。 殺風景な国道8号線を避け、県道だか市道だか
判らない道を歩く。大阪と違ってクルマも少なく歩き易い。
町の中やら田園地帯やらの繰り返しだが、常に残雪を戴いた
比良山系を<眺めながらの快適ウオ―キング
11時40分:近江八幡駅前着。
<ぶーめらん通り>の近江牛レストラン”ティファニー”
で昼食。一番安いサービスランチと中ジョッキーを注文
13時30分:エライコッチャ~昼飯に1時間半以上も掛けてしまった!!
と、慌てて出発。
時間を取戻すため市の北部にある「近江商人の町屋」
を急ぎ足で見学し安土へと向かった

「しまった!!道を間違えたようや・・・」
いつの間にかあたりは田んぼばかりになってどちらへ向かえば良いのか判らなくなってしまった。
地図を持って来なかった事を後悔したが、こんな新しい農道は恐らく掲載されていないだろう。
経験上、広域農道という奴はやたら立派な道だが、突然、行止りになる事が多いのでウッカリ
前進するとエライ目に会う・・・(経験あり)
クルマなら引き返すのは簡単だが、徒歩だとそうは行かない。
ここは慎重にとあたりの景色や太陽の傾きなどを参考にして前進・・・

「あれ、あれ!湖に突き当たったでぇ~」
何たる事!これは<西の湖>だ!我々は北に向かっているはずが北西にずれていたのだ!!
幸いにも湖岸に<びわ湖よし笛ロード>と名付けられた自転車専用道路が安土へ通じている
ようなので我々はそれに沿って歩く事にした

15時30分:安土城祉に到着
あの偉大なる英雄、織田信長が築城した安土城は今は石垣が残るのみ
素通りするのは信長サンに失礼なので安土山に登り天守閣跡を見学する
近くにいたオッサンが「この城の石垣はあの荒神山から運んだものですよ」と
北方の小山を指差して教えて呉れたが真偽の程は不明
16時00分:安土城祉を出発 サクラの名所は、まだ ”八分咲き”
安土山ときぬがさ山の鞍部を越え、一路、能登川へ・・・

夕方の県道316号線は都会並みの交通量となり、歩道が無いので危険がイッパイだ・・・
安全第一の我々は県道に別れを告げ、山裾の道へと迂回した。
暫らく歩く内に、思いもかけず旧街道の面影を残す集落に足を踏み入れた
「中仙道か?」と思ったが、どうやら違うようだ・・・

この道は、その後もずっと気になったので調べてみると<朝鮮人街道>である事が判った
信長が軍用道路として拓き、家康が<関が原の合戦>に勝利して京都へ凱旋した道、そして
江戸時代に朝鮮通信使(親善使節団)が通ったという由緒有る道だった。

17時25分:JR能登川駅前に到着:日もだいぶ西に傾いたので今日はここまで・・・

「ちょっとシャッター押してくれヘンか・・・」と駅前でタムロするヤンキー風の若者に頼んでみた
彼は、一瞬、不愉快そうな顔をしたが、私は間髪入れず
「大阪から東京まで歩いて行く途中や・・」と云った。
「へぇ~!東京まで・・・歩いて?」 仏頂面だった彼が私の話に乗ってきた
「まぁ、話はあとや! とりあえず明るい内にシャッターを押してくれ!」

「はい!チーズ・・・」 Nさんと私は会心の笑みを浮かべて写真に収まった
ヤンキー君に礼を云い、暫らくのあいだ彼と喋った。
そして、別れ際に「小さな目標なら努力すれば必ず実現するので君もガンバレ!」と無気力そうな彼を励ました・・・

―― 第3日目 完 ――

Memo
今日の行程(歩数) 40,190歩(距離) 29km
交通費(往路) 近鉄山本駅~JR野州駅  1,640円(帰路) JR能登川駅~近鉄山本駅  1,810円
飲食、その他近江牛サービスランチ、ビール(合計)  2,000円

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